ゴッホ展
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ゴッホ展2021に行く前に、知っておきたい基礎知識 5選

今年もやってきました、ゴッホ展
今回の展示会『ゴッホ展〜響きあう魂 へレーネフィンセント』は、2021年9月18日〜12月12日までは東京都美術館で。12月23日〜2022年2月13日までは福岡市美術館。2月23日〜4月10日までは名古屋市美術館で開催予定です。

 先日見てきたので、今度見に行く人に向けて、知っておけばより楽しめるポイント5つご紹介していきたいと思います。展示会って、解説も結構の量があるのでそればっかり読んでると、後半から疲れてきて絵に集中できなくなることってありません?笑

ゴッホ展
東京都美術館入り口

自分は絵画とかは全くの素人なので、解説を丁寧に読んじゃうと、よく後半から疲れてしまい、全然優雅に展示会を楽しむことができなくなってしまいます(笑)。なのでいつも事前に簡単な基礎知識を把握してから、見に行くようにしています。ある程度知識を学んでいくと、より楽しめたり、学んだ絵を見たりすると感動したりするので、今回はこの展示会に絞ったポイント5選紹介していきます。

へレーネとは誰か

 今回の展示会はゴッホだけの展示会かと思ったら、最初に20点ばかり違う作品も登場します。ミレールノワールの作品もあるので、好きな方はゆっくり見ていただいていいのですが、そうではない方は注意してほしい。ここでじっくり解説など読んでいくと、ゴッホにたどり着く前に疲れてしまうでしょう(笑)。

そもそもこの20点は何かというと、副題にもなっているヘレーネが関係してきます。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)は生きている間、全く絵が売れなかった画家として有名ですが、彼の死後、評価がまだ途上の時に彼の作品に魅了されたのが、このヘレーネなのである。

へレーネ
ヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939)

 

彼女は富豪の夫アントンと共に、90点を超える油彩画と約180点の素描・版画を収集し、世界最大の個人収集家と言われています。その質の高い作品群はオランダのクレラー=ミュラー美術館に所蔵されていて、彼女は初代館長を務めたそうです。

今回の展示会では、ほとんどがこの美術館から所蔵されているゴッホ作品と同時代の20点が展示されているのだ。なので、へレーネは今回の最重要人物となっている。

ゴッホの初期から晩年までを彼の住んでいた地域ごとに展示されている

 今回の展示会は、ファン・ゴッホが27歳にして初めて画家になる決心をしてから、37歳の短い生涯を終えるまでの約10年間の画業を辿ることができます。もちろん初期から展示されていくが、おもしろいことに彼は住んでいる国・地域によって、彼の作風がすごく変わっていく。そこに住んでいた環境、影響された人・絵などを、彼は純粋に取り入れて、自分なりに咀嚼していく。ゴッホについての多くの解説書も彼の住んでいる時代ごとに解説している。この展示会も、例にもれず、住んでいた時代ごとに紹介されています。
大きく分けて3つの時代に分けると、わかりやすいと思います。

  • オランダ時代
    オランダにいる時は、基本的に修行時代と言っていいでしょう。それもそのはずで、いきなり画家になると言っても、まだまだ技術が伴うはずもない。展示会を見ていくとデッサンや素描が中心で、色彩も暗く、黒中心の作品がほとんどだとわかるだろう。
    有名な作品の一つに、『ジャガイモを食べる人たち』があるが(嬉しいことにこの作品も来日している)、この作品がゴッホの自信作なのか、弟への手紙にこの作品のことをミレーなどを引き合いに出して饒舌に語っているという。しかし、この自信作でも、同業者からは完膚なきまでに酷評されたらしい。
    ジャガイモを食べる人たち
    ジャガイモを食べる人たち(1885年)


  • パリ時代
    パリにいる弟を頼って突如移住した、パリ時代。この時代はファン・ゴッホの絵画に弟テオの尽力により、さまざまな影響が大量に流れ込み、彼がそれらを自分なりに消化していった時代。今回の展示会でも、パリ時代以降いきなり色彩豊かになっていくのを感じると思います。

    ではそれほどまでに彼に影響を与えたものは、なんなのか。
    それは印象派浮世絵との出会いだったと言われています。


    印象派とは、そもそもモネシスレーが代表されるように澄んだ色彩、澄んだ空気感を出すために、パレット上でできるだけ色を混ぜず、カンヴァス上に原色に近い色の小さなタッチを並べる点描画法を用いられること。

    その画法がゴッホにもこの時代から随所に見られてくるのがわかると思います。ただゴッホは、この『レストランの内部』から見てもわかる通り、ゴッホは厳密に印象派画家であったことはないという。一見、点描画法を用いているので印象派風であるが、よく見ると椅子やテーブルクロスは平坦塗りで塗られている。
    つまり、ゴッホは印象派の色彩理論は自分が求める絵画にとって大きな意義を持っていることは直感したが、その表現方法の一つとして学んでいったのではないか。

     

    レストランの内部
    レストランの内部(1887年)


    また、もう一つの浮世絵。19世紀末にヨーロッパでは日本美術が大流行し、ジャポニズムという現象が起こったという。それまで鎖国していた日本が開国したことで、日本の美術品が国外にも流出し始め、その価値と新鮮さが多くのヨーロッパ人を魅了した。

    浮世絵は木版画なので輪郭線が太く、微妙な陰影は付けにくいので、平坦で鮮やかな色面表現になる。この木版画独特のスタイルがゴッホをも刺激した。

    タンギー爺さんの肖像
    タンギー爺さんの肖像


    この『タンギー爺さんの肖像』(今回は残念ながら来日していません…)からもわかる通り、浮世絵をかなり模写したと言われています。浮世絵を模写するという行為で、ファン・ゴッホはそれまで誰も描かなかったような独自の様式を獲得することができたというのだ。
     また、彼はこの頃から日本と南仏に憧れを抱き、このタンギー爺さん本人とユートピア思想を抱き始めたとか。この絵はただの肖像画ではなく、ユートピア・日本・南仏とが三重に重なり合った彼の理想の人物像だと言われています。

  • 南仏時代
    ファン・ゴッホは2年間パリで弟のテオと共に生活をし、印象派と浮世絵に出会い色彩表現に目覚めたが、自分の作品はいっこうに売れないことに悩んでいた。そこで憧れていた南仏に向かった。
    アルルで過ごした時代は全盛期とも呼ばれ、この約1年間で200点近い作品を描いています。

    黄色い家
    黄色い家』(1888年)
    彼のユートピアとは、画家たちが日本人のように兄弟愛に満ちた共同生活を送る「画家の天国」であり、彼はそれをアルルで住み始めた「黄色い家」で実現させることを、夢見るようになる。

     

     

    種をまく人

     

    種まく人』(1888年)
    描かれているのは、太陽・種まく人間・畑とただそれだけ。
    しかし見て感じるだろう、色彩の洪水が起きている。

     

     


    サン=レミの療養院の庭
    サン=レミの療養院の庭』(1889年)
    衝撃的な事件だが、彼は自分の左耳を剃刀で切る「耳切り事件」が起こる。
    その理由が、同居人のゴーガンがアルルを去る意思を伝えたからだとか。
    ゴッホはこの頃ぐらいから精神的疾患による発作があるため、療養院で入院することとなる。自分の夢見たユートピアへの夢の破綻がそれほど悲しかったのだろう。

     



    悲しむ老人(永遠の門にて)
    悲しむ老人(永遠の門にて)』(1890年)
    この発作の合間に絵を描く時のファン・ゴッホの頭脳は明晰で、作品の質も落ちていないという。むしろ、さらに迫力を増して、激しくうねるような筆触に変わっている。
    ただ、発作は治まることはなかった。病名は統合失調症、てんかん、性病、アルコール中毒などさまざまな診断がされてきたとか。





    夜のプロヴァンスの田舎道
    夜のプロヴァンスの田舎道』(1890年)
    今回の展示会の目玉とも言っていい作品。おそらくここでは人が一番集まっているでしょう。
    最晩年の作品の一つ。
    ファン・ゴッホはアルルに住んでいる時はひまわりを好んで描いていましたが、サン=レミに移った後は、この地方に多い糸杉やオリーブ畑・麦畑を多く描いています。この頃から作品に渦やうねりのタッチが多く、色調も暗くなっていきます。
    この作品を描いた2ヶ月後に、ファン・ゴッホはこの世を去ることとなる。

音声ガイドは浜辺美波ちゃん

アンバサダー
美術館や博物館に行った時って、音声ガイドは借りたりしますか?
自分は特に興味の持っている展示会には、音声ガイドを借りるようにしています。
それは解説文をあまり読まないでゆっくり見れる効果と、ガイドを聴きながら見るとより集中して見れる効果があるからです。
ファン・ゴッホを好きな方は、600円しますがよりじっくり見れるのでオススメです。
しかもガイドは、今をときめく浜辺美波ちゃんと俳優の鈴木拡樹さん。お二人ともとても良い声で、思わず聴き入ってしまいました(笑)。




ゴッホは弟テオへの手紙から濃密な人物像がわかる

弟テオ
弟テオ


 弟テオは、兄ゴッホを経済的にも精神的な面でも支えていた。もはやゴッホの作品は弟テオとの合同作品と言っていいほど。その弟にゴッホは作品の悩みや情熱を事細かに手紙で送っていて、それが今でも残っています。
 ファン・ゴッホの手紙は弟テオ宛が600通以上、ゴッホに宛てた手紙は友人などのも入れると900通にのぼるという。もちろん重要なのは数だけでなく、一つ一つの手紙は長く、内容も濃密。人生に起こった出来事や作品についての考えなどが詳細に綴られている。
つまり、専門家に的外れな解釈をされずに、この画家が何を考えてひまわりや農民を描き、日本についてどのような思いがあったのか、この手紙から知ることができるのです。
 ゴッホの人物像がわかりやすい、はっきりしているという点で現在でも彼を慕うファンが多いとも言えるでしょう。

 

ゴッホ展のグッズがかわいい

 展示会の最後の楽しみといったら、やはりグッズですよね。
自分は一番気に入った作品のファイルなど、よく買っています。
家に帰ってからも記念になるし、なんかテンション上がりますよね(笑)
ビックリマンチョコとのコラボとか、糸杉のクッションなどおもしろいグッズがいっぱいありました。
自分は今回、糸杉のファイル、レモンの絵はがき、悲しむ老人の栞を購入しました。

 

ファン・ゴッホは、生きることの難しい人間だったと言われ、だからこそこれほどまでに絵画に情熱を注げた画家なのではないでしょうか。彼の生き様を作品によって知ることができるので、見に行ってとても有意義な時間を過ごせることができました。
簡単に5つご紹介しましたが、このことを知っておけばより深く楽しめるのではないでしょうか。
こういう時期なので、事前予約が必要なのでお忘れないようご注意ください。

参考文献

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